社長について

ヤマガタヤ産業の

社長室

社長ってどんな人?

代表取締役
吉田 芳治

1951年岐阜生まれの岐阜育ち。あるときは木材の山から転げ落ち、あるときは電車から転げ落ち、子供のころから、味の素とさしみのつまを主食に、先進医療に助けられて生きてきた。盲腸になったときは、昔かつ田舎あるあるで2人同時手術だったので、隣で先に盲腸の手術が始まり、人の内臓を見た恐怖で、今でも医者に行くのが怖くてしょうがない。

先代の会長からは高校に落ちたら働け!と言われ続けて、中学の時の柔道部の経験をいかして、こたつの中で、人ではなくこたつを亀のように背負って勉強、勉強!何とか高校に入学。高校では陸上部に所属。長距離を選択して、大事な競技会の前にゲン担ぎでトンカツを食したところ、食あたりにより、競技会に出られない。残念!
再び!先代の会長から大学に落ちたら働け!と言われ続けて、中学の時の柔道部の経験をいかして、こたつの中で、人ではなくこたつを亀のように背負って勉強、勉強!何とか大学に合格して、慶応ボーイになる。
大学では自動車部とスキー部に所属。スキー部では海外各地にスキー目的で訪れる。自動車部では、山などで仲間たちとドライブ。そのおかげで今でも車が好きで、年甲斐もなく、BMWのM5に乗っている。女子高校生の携帯依存症より深く、スマホで車の動画をみるのが癒しの時間。

大学卒業時には、すでに髪の毛がさびしくなってきたが、松下電工に入社。その後東京・名古屋・大阪で勤務。新婚旅行の時は、プロが行うようなヘリコプタースキーにスキー初心者の妻を連れて行き、妻からブーイングを受ける。
ヤマガタヤ産業に入社後、先代の会長から能力のないものに会社は継がせない!と言われ続けたが、西濃店店長を任され、西濃店の礎を築く。その後、社長に就任して建築資材事業の売上を伸ばし、フローリング輸入会社(旭商事)を立ち上げに尽力し、一枚板の輸出事業を手掛ける。
孫と一緒に大きなおふろに入ろうと思って、自宅をリフォームした。孫に気に入られるようにおもちゃ攻撃をしかけている。岐阜とゴルフと車と孫を、愛している自称アイディア社長です。

社長の15の思い

社長の頭の中には、寝ている間でも、常に新しいアイディアがふつふつとわいてきます。
そんな社長の頭の中をのぞいてみましょう。

「メイボク?」

「メイボク?」

銘木(メイボク)とは、主に稀少な杢、希少価値のある木材のこと。
銘木業界では日本一の流通量である岐阜県銘木協同組合の理事長を務めている。
銘木の美しさを世界に広めたいと考えており、海外の展示会も社長自ら行ってプレゼンを行う。

「うさぎと亀でどっちが好き?」

「うさぎと亀でどっちが好き?」

もちろん亀である。
謙虚で、真面目に、こつこつと仕事を行うことが好き。派手な仕事でもないが、誇ることができる仕事である。

「老けない薬」

「老けない薬」

挑戦のない人生なんてつまらない。
そのために何か面白いことはないかと昼夜問わずアンテナを張り、
思いついたアイディアを実践していく。

「vision」

「vision」

Big companyよりgood companyを目指す。
このgood companyとは、商品の良い・対応の良い・内容の良い・風通しの良い・待遇の良い会社のこと。日々努力して進歩するのは、これら5つのgood companyを目指すため。

「世界で一つだけの※※(歌いながら)」

「世界で一つだけの※※(歌いながら)」

正解は世界で一つだけの木♪ひとつひとつ違う杢を持つ♪
樹齢100年以上のけやき、杢目が綺麗なとち、しまうまのようなゼブラウッドなど。
オンリーワンの木材を探す目的は、お客様にとってのナンバーワンの木材を提供するため。

「戻ってくる場所」

「戻ってくる場所」

I love GifuのTシャツは着ていないが、どこへいってもさけが自分の産まれた川に戻ってくる現象である母川回帰のように岐阜が好きである。
信長が作った岐阜城と長良川の自然のもとで暮らすことに誇りを持っている。

「何よりも大事なこと」

「何よりも大事なこと」

ヤマガタヤ産業の社是は熱意・協力・感謝。
仕事の基本は、人に熱意を伝え、人に協力し、人に感謝すること。ただ、その前に大事なことは「健康あっての仕事」。社員の健康は、何よりも大事な事であり、会社は大家族である。

「やらんといかんよね(岐阜弁風に)」

「やらんといかんよね(岐阜弁風に)」

技術の承継は責務である。
板蔵ファクトリー(ヤマガタヤ産業の子会社で家具工場)を立ち上げ、若手の雇用を積極的に行い、職人から若手への技術承継を進め、若手職人の育成にも力を入れている。

「山の守り人」

「山の守り人」

山を守るには、希少な地球資源を無駄なく有効活用する「地球にやさしい」が、次世代の子どもたちに繋ぐ大切な考え方。
その前に、子どもたちに、山や木に興味を持ってもらうことも必要。
DIY商品の開発や木に触れるの機会を作り出すことで、木育にも力を入れている。

「人間100年」

「人間100年」

織田信長が「人間50年・・・」と言っていたが、現在は人間100年の時代である。
人間100年のためには、毎日の暮らしに寄り添うものは、素材や機能性で「人にやさしい」は当たり前。
素材にこだわり、人にやさしい住まいを提供する目的は、人を守るため。

「木と暮らす」

「木と暮らす」

太古の昔から木の住まいで生活を営んできた日本人が、住まいの材料として選んだのは、木材が何より建築材料として適していたから。
ヤマガタヤ産業は材木屋として再生可能な木材資源を有効に利用し、健康的な住まいを提案し続けます。

「何事も捉え方」

「何事も捉え方」

究極のプラス思考。誰でも社会に出れば、嫌なこと、思い通りにならない事が今まで以上に出てくる。
しかし、そこで立ち止まっていては会社のためにも自分のためにもならない。
失敗をしても「次はこうしよう!」と一歩先へ。前を見つめて歩いていけば、未来はきっと明るくなるはず!

「ながーいおつきあい」

「ながーいおつきあい」

会社として、長く存続するためには、時代とともに進化すべき。
何事も、本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねて必要なものを取り入れていくことが必要だと考えている。
ヤマガタヤ産業も時代とともに進化するため、常に柔軟な発想をとりいれている。

「創業の重み」

「創業の重み」

郡上で創業してから、100年。(since1918)
バブルの時代も決して不動産に手を出さなかった堅実経営。
創業100年の信頼と実績をもとに、ヤマガタヤ産業は、木と暮らしのリーディングカンパニーである。

「お暑(寒)いのがお好き」

「お暑(寒)いのがお好き」

ゴルフを愛し、うまくならないのは練習場にいけないからだ!
との理論で、自宅にゴルフシミュレーションルームを作る。
ゴルフのエイジシュートが夢である